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国東半島を歩いて ― 4日間、辿り着けなかった旅の記録
国東半島ロングトレイルを4日間歩いた記録。完歩できなかった旅の、正直な記録。
国東半島峯道ロングトレイル。大分県北東部、国東半島の尾根を縫うように続くこの道を、3月に4日間かけて歩いた。結論から言うと、最後まで歩き通すことはできなかった。それでも、この道について書いておきたいと思った理由は、最後まで読んでもらえれば分かると思う。

一日目 ― 高山寺と、寄付寺での不思議な夜
初日から出だしが悪かった。朝から出発したかったのに移動に時間がかかり、トレイルのスタート地点に着いたのは正午。この時点で、その日の目標地点には到底届かないことが決まっていた。
途中、高山寺に立ち寄った。舗装された道が山頂まで続いているのに、そこには寺以外何もなく、人の気配もない。誰もいない境内をそっと覗くと、住職さんがいて、少し話を聞かせてもらった。

結局、目標地点まで歩き切れず、その日は寄付寺というお寺の駐車場で野宿することになった。ここで一つ、不思議な体験をした。境内で放し飼いにされている猫がひどく懐いてきて、寝ている間もそばを離れず、夜中に急に鳴き出したかと思うと、目の前に死んだネズミが差し出されていた。歓迎のつもりだったのか、忘れられない一幕だった。近くの住民の方とも少し話ができ、初日はそんな一日だった。
二日目 ― 岩場と、駐車場でのひとり
二日目、初めて本格的な岩場に入り、かなり怖い思いをした。その代わり、温泉にも入ることができた。
夕方6時ごろ、日が完全に暮れる直前に、その日の宿泊予定地に着いた。トレイルの登山口手前にある駐車場で、キャンプ場のような施設は何もない。人家も街灯もなく、手動のトイレが一つあるだけの、正真正銘の山の中だった。夜になると鹿の鳴き声が響き、それだけでも十分不気味だった。
駐車場には車が一台だけ停まっていたが、誰もいない。周辺を探し回っても人影はなく、少し不安になったが、テントでご飯を食べ始めた頃、ようやく二人組が車に戻ってきた。話してみると普通の登山客で、「食料がないんです」と伝えると、スイーツやあんぱんを分けてくれた。その夜は鹿の声がやや気になったくらいで、あとはぐっすり眠れた。

三日目 ― 中山仙境、「なんでこんなことをしているんだろう」
三日目は、朝から標高差の大きい登りが続いた。300〜400メートル級の山を一つ登って下り、そこからさらに下って中山仙境に入る。この時点ですでに足は重い。
中山仙境は、岩場というより崖っぷちの尾根そのものを歩く区間だった。手すりはない。足を滑らせれば下は崖、という場所を、10キロ以上の荷物を背負って進む。

普段、10キロの荷物を背負って歩くことも、そもそも登山自体も頻繁にやっているわけではない。不慣れな荷重、不慣れな鎖場、慣れない高さへの恐怖が重なって、体力よりも先に神経が削られる感覚があった。基本的に一人で歩いているので、当然話し相手もいない。目の前の一手だけに集中していると、ふと「なんでこんなことをしているんだろう」と口に出していた。
登山道を下りきったのは、ちょうど昼頃だった。空腹だが、午後にはまた登りが控えていて時間がない。食料はほぼ尽き、水も買い足したいのに自販機が見当たらない。道端に座り込んで、正直「もうやりたくない」と思った。
それでも周りを見渡すと、遠くに自販機が一台だけ見えた。そこまで歩くと、駐車場に地元の方がいた。事情を話すと、街まで車で送ってくれることになり、途中の道の駅でご飯までご馳走してもらった。あれは本当においしかった。その後、文殊仙寺まで送ってもらった。トレイルとしてはだいぶショートカットしてしまったが、崖や岩の中に建つような荘厳な寺で、車でしか行けない九州らしい観光寺院だった。

四日目 ― 完璧ではなかった一杯と、民宿での対話
四日目は、正直あまり体調が良くなかった。2月から3月にかけてひどい風邪と花粉症が重なり、免疫がかなり落ちていた自覚があった。3月末で花粉のピークは過ぎていたものの、山の中にいると鼻炎が悪化し、夜も鼻をかんでばかりいる状態。病み上がりで体力の回復も鈍く、この日はさすがに「まずいな」という感覚があった。
午後から雨の予報も出ていたので、この日は10キロ程度に抑え、途中にあった民宿に泊まることに決めた。道中は目立ったエピソードは少なく、綺麗な寺を一つ通り過ぎたくらいだった。

最後の10キロを歩き切り、人がまとまって暮らす集落まで下りてきたところで、芝生の公園を見つけた。宿はもうすぐそこ。今日はここで切り上げようと決めて、公園でビールを開けた。公園にはお年寄りしかおらず、ウォーキングをしたり、集まって昼食を食べたりしていて、時間がゆっくり流れているような場所だった。
このビールが最高だろうと思っていたが、実際に飲んでみると、思っていたほどではなかった。目的をまだ達成していないことと、体力が万全時の6割ほどしか戻っていないことが、味わいに影を落としていたんだと思う。振り返ると、完璧な一杯ではなかった。
その後泊まった民宿は、本当にのどかで居心地の良い宿だった。オーナーと話す中で、国東地域が抱える課題を聞くことができ、自分がこれまで調べてきたロングトレイルの情報を伝える場面もあり、いい情報交換になった。ここで、この地域が本当に抱えている課題の輪郭が見えてきた気がする。
歩き通せなかった理由
結論から言うと、私の旅はここで終わりにした。理由は二つある。
一つは体力面。風邪をぶり返しそうな感覚があり、回復が追いついていなかった。もう一つは、この地域特有のインフラの問題だ。最終目標地点だった両子寺までは、あと20〜30キロという距離だった。しかし国東半島は人口減少が進んでおり、これまで歩いた熊野古道などのローカルな地域と比べても、公共交通の便がさらに乏しい。路線バスが週に一本しかないような区間もあり、両子寺自体、半島のほぼ中心部、集落から離れた場所にある。仮に歩き切れたとしても、そこから戻る手段がない、という現実的な問題があった。
この二つの理由から、翌日は大分空港まで送ってもらい、そこでトレイルを終える判断をした。
それでも歩いてよかったと思う理由
泊まった民宿の朝は、いつまでも日向ぼっこをしていたくなるような、穏やかな場所だった。だからこそ、少子高齢化や後継者不足でこの景観が失われていくとしたら、それは本当にもったいないと感じた。農業の担い手も高齢者ばかりで、この先どうなっていくのか、素直に心配になった。
5日目は大分空港経由で別府に向かった。空港まで出てしまえば交通のアクセスは一気に良くなり、温泉で有名な別府にもすぐ行ける。ロングトレイルで疲れた体を、そのまま温泉で癒すことができる立地でもある。
歩き通せなかったのは事実だ。それでも、道端で助けてくれた二人組、公園の老人たち、民宿のオーナー――この旅で出会った誰もが、地図やガイドブックには載らない国東半島を見せてくれた。ゴールに着くことだけが旅の目的ではないと、この4日間で改めて思った。